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執筆者の写真tatamize78

かなたからの手紙

更新日:2019年10月24日


今月42歳になった。

今年は結婚して16周年目だ。16年前の9月に結婚式をした。

その時に、来場者の皆さんから、一言メッセージをいただいた。兄からも貰った。写真がそれです。


兄は5年前に亡くなってしまった。ちょうど今の僕と同い年だ。


兄とは毎日のように喧嘩して、毎日のように遊んでもらった。

うちは転勤族で、小中はずっと社宅ですごした。

いつだったか、兄と喧嘩して 社宅の洗面を壊した。

兄は僕に音楽もファッションも教えてくれた。僕の10代の・・・そして、今に繋がる色んなことを、僕は兄から教わった。

僕は、言葉に出して言うことは 結局一度も無かったけれど、兄を尊敬していた。

僕は兄が大嫌いで、その10倍兄が大好きだった。

兄は、小学校の先生だった。慕われていたと思う。亡くなって、そのことがよくわかった。背丈も、自分では分からないけど 顔も似ていた、兄。

兄はどんなことを思って生きていたのだろう?兄は兄として、弟の僕をどうみていたのだろう。

僕が、今の仕事を始めて4年目くらいだったかな・・?兄と長電話したことがある。話した内容はあまり覚えていないけど、何となく 好きなことをやって、少しづつそれで飯が食えていて、何となく兄のところまでそれが伝わってきたことを 喜んでいてくれているようだった。そんな気がする。

それでも、年に何度か会うと、兄はいつもの兄だった。僕を、弟扱いする いつもの兄だった。いつまでも兄だった。


僕は、兄になったことがない。お兄ちゃんになったことが無い。お兄ちゃんって、どんな感じだろうか?


僕がきっと4歳とか5歳の頃、兄弟で真冬の雪の中 外に出された。

僕らが喧嘩してうるさかったんだと思う。そんな時代だったし、よくあることだった。


その時庭にカマクラがあって、外履きのサンダルが一足あって  

兄はそれを僕に履かせてくれて 二人でカマクラに入って寒さをしのいだ。とてもよく覚えている。


兄というのはそうゆうものなんだろう。

隣にいて。少し前にいてくれて。

基本は威張っていて、でも気にかけてくれていて。くやしいくらいに、それは兄。


弟にとって、変えがたい大きな存在。 

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